そもそも留学とは

目的意識を持ってしっかりと

海外留学をするということを一種のステータスのように考えている風潮がある、私は一時期そんな風に感じていました。経験しているというだけで自分の経歴に花がつく、そんな風に感じている人が現在でもいるという事実は残念ながらあるでしょう。留学をすることで、確かにそれまで自分が生活していた環境からかけ離れた生活を送れるというのはある種の開放感をえられることは間違いないでしょう。今までの自分の価値観がまるで通じない、他の文化と触れ合うことで自分の視野がいかに国際的観点で考えたら狭いものかということを思い知ることでしょう。

中には子供に留学を進めて、強行的に留学をさせるような保護者の存在があるかもしれません。自分たちが経験できなかったことを子供にさせることで、自分たちとは違う人間として成長してほしいという願いを込めて送り出す人もいるのではないでしょうか。また自分たちが留学を経験しているからこそ、自分達の遺伝子を受け継ぐ子供にも経験を積ませることで社会と立派に台頭することの出来る人間として成長させる、そんなお堅い考えをしている人もいることでしょう。由緒ある家柄になると、国際社会としての現代を利用して子供を世界に送り出すことで、日本という狭い社会の中で埋もれるような人間にさせることは出来ないといった考えを持っている人もいると思います。

これらの理由としてはもちろん通りが適っていると思います、後者に関しては起業している人たちからして考えると日本経済だけで視点をみるのではなく、実際に海外で商取引を行なっていることがあるならその国へと趣いて実際にそこで行われている社会としての労働システムを学ぶという意味でも大きな意味を持っているでしょう。海外事業を展開しているのであれば、その事業を展開している地域についての知識を備えて行くというのは必要なことです。もちろん日本の中でも、インターネットを利用すればある程度の情報を仕入れることが出来るでしょうが、それが本当に成功への近道となるでしょうかと聞かれたら、正直難しいでしょう。情報時代を手に入れることは簡単です、ですがその入手した情報をどのようにして自分の人生において応用を行っていくのかということが一番の問題です。持っているだけで知識として蓄えていても、何の役にも立ちません。手に入れた知識を使って、入手する前の自分ではない自分へと成長するという段階を踏まなければ結局のところは宝の持ち腐れとなってしまいます。

実際に留学しても日本にいたときのスタンスでは、何も変わらないでしょう。それだけは確かだといえます。

語学習得は最低スキル

留学の最大の目的としてはその国の語学を習得と考えている人も多いでしょう。実際に現在中学・高校などでは中には国際交流の一環として留学を奨励しているようなイベントごとが催されています。私が通っていた高校でも毎年夏にはオーストラリアへの短期留学を募集していました。中学・高校で留学を経験することが出来る、しかも学校の行事として行えるというのは大きいでしょう。一昔前の学校ではこんな海外留学へと行けるシステムを用意しているのはよほどの一流の名を関しているような名門校なら行なっていたでしょうが、今では公立の学校でも行なっているところ行っているので、それを考えたら時代によって日本のシステムも大いに変化していることがわかります。

ただ留学するとしても、その留学先で一体何をするかという目的意識を持っているかで全く意義も行動力も異なります。ただ言葉を学びたいというだけなら、無理に行く必要もないでしょう。それなら普通に日本国内で英会話レッスンを行なっている学校へと趣けば良いだけです。そこに通っていては語学を完全に学ぶことは出来ない、本場へといって英語漬けになれば嫌でも勉強できるだろうと考えていった人も中にはいると思いますが、その先に待っている結末は容易に想像できます。どんな未来が待っているのか、それは結局何も学ぶことなく帰国してしまってお金をどぶに捨ててしまう、それだけです。

思い出として記憶していることは大事なことかもしれませんが、脳の中に写真と化して覚えていることがどんなことに役立ちますか、単純に留学したということを自慢して友人達に話すときのありかもしれませんが、それで何が身につくというんですかね。基本的、初歩の会話スキルを持っていないと結局何も話としては成立しないことは当然としてみると、語学留学をするというのは正直先がないと思えます。言葉を学ぶことはもちろんですが、留学の本質的な意味としてはその先にある他国の文化を学ぶということこそに本来の意味を有していると私は考えているからです。日本でも知識を得ることは出来ますが、現地でその国使用されている公用語を用いて文献を読むことで得る知識は、その手に入れることの出来る情報の密度が全く異なります。ネット上の日本語訳されたものでは事象として理解することが出きますが、原語で書かれたものを読み解くという好意は日本語の試験を行なっていることもわかるとおり、それを書いている人の信条を理解することが目的だったりします。

こう考えると、語学を学ぶために留学をするというのは間違っていないといえる反面、言葉を勉強して修得することが出来た先に何をしたいのかということを見出しておかないと全て水の泡となって消えてしまうでしょう。語学を勉強することが留学の中でも基本にもならないこと、そう感じませんか?

英語に慣れることから始まる

海外に留学することで言葉を学ぶのではなく、言葉を習った先に他国の文化について現地で理解するということこそ留学として最高のケースといえるのではないでしょうか。そして語学を学んでおいて必要になってくるのは、現地の人との直接的なコミュニケーションです。

私は以前英語を専門的に勉強することの出来る専門学校へと通っていました。そこで行なわれている授業のほとんどが英語で構成されています。私はたまたまそういう学科にいなかったので日本語と縁遠いカリキュラムを経験している、ということはなかったですが他の学科に在籍している人たちは、毎日英語の勉強に追われていました。特に外国人教師との英会話レッスンについては90分という時間、全て英語を使用しての授業内容となっています。先生達もすべて英語でしか話してくれないので、分からないことがあった場合は日本語ではなく英語で質問することになります。当然ですが試験も英語です、きちんとまともに受け答えが出来ていないとあっという間に落第コースです。

何が言いたいのかというと、語学を学ぶというだけで留学を考えているのだったら日本の専門的な教育機関でも十分に学べるということなのです。実際に私は留学経験もなく、英語もそこまで話すことが出来ないままそこに進学しましたが、最初の半年は本当に苦労しました。全て英語で話すという環境ほど、アレは億劫に感じることはなかったです。行きたくない、本音ではそう感じていましたがそれは単純に話せないという至極明朗な理由があったからです。話せない上に何を言っているのか理解できないから回りに聞く、もうフラストレーションが溜まりに溜まっていったものです。

でもそんな環境は秋ごろになると変化していきました、英会話の時間になってもそこまで苦に感じることが少なくなっていったのです。段々と少しずつではありますが、先生たちが何を言っているのかということを始めはニュアンスで、その後は段々とこの単語を使用しているということはそういう意味で活用している、ということを理解できるようになりました。もちろん英会話の授業以外にもきちんと英語を自主的に勉強用な宿題をきちんとこなしていたということもあって、耳が英語を聞き入れるのを自然と行なっていったのです。

私の事例で英語を取り上げましたが、英語を覚えるということで一番初めにしておくべきことは英語になれておく、これが一番重要なことだと思います。もちろん見るのではなく、『聞く』の学習スタイルの方が圧倒的に吸収できるでしょう。英語を聞きなれていればいるだけ言葉を理解しようと集中できます。日本人が日本語で話しているときは、私達は言葉の意味や利用方法を把握しているからこそ、受け答えをどうするべきかと考えて話していると思います。これが途端に英語での会話になると、意味や活用方法をきちんと理解していないから理解することができないというのもありますが、単純に英語そのものを普段から聞いていないから何を話しているのか分からない、ということになるのです。

確かに事前に会話文の使い方や単語の意味を把握しているということであれば、後は応用次第で何とかできますがみんながみんなそんな器用なマネをできる人は多くないでしょう。となるとやはり一番初めにしておく勉強方法としては、英語を生の会話として聞く練習から始めるべきでしょう。話すことを始めに行っても効率が良いとは言えません、これは学校に通っているときにもいわれました。まずは英語という語学に対して耐性を持つということが始めの一歩となる、入学当初こそ意味がよく分かりませんでしたが時間が経つにつれて聞いているだけでも十分に勉強になるというは、自分の体を持って理解することが出来ました。慣れって何処へ行っても活用できるんです。

交流を図ることは焦らないで、ゆっくりと

英語になれることが出来たら、その後交流するということをしても十分遅くありません。会話が出来ない相手との話をしてくれるような状況は普通きません、ではどうしたら良いのかというとやはり話してくれる相手の言語を理解するということから始めなければなりません。

この時もしも既に英語を聞きなれていることをクリアしていればまた異なります、理解出来るということは何を話しているのかということを把握できるのでそれに対して持てる限りの会話スキルで話していけば良いだけです。日本人によくあることですが、日本の独特な言葉の言い回しに関しては海外では通用しないことがあります。その場合相手も間違いを指摘してくれたりしますので、そちらを参考しましょう。私が聞いた話では、お手洗いなどを『借りる』という表現は日本人にしか通用しないことで、海外で使用する表現としてはもうストレートに『使う』という意味合いで言葉で表します。日本語で話しているときに自然と利用している表現は、海外の人からすれば意味を理解することが出来ないことがあるのです。

そして間違った表現をしても、きちんと話すことが大事だということもよく言われました。会話する意思というものを見せないと話も続かないものだとも言われていました。話せる技量ももちろん必要ですが、話す意思がなければ会話なんて続きませんから、まずは自分から積極的に話す姿勢を身につけるということ、これが肝心ではないでしょうか。

言葉を理解できたその次が、本来の留学へ

外国語、世界共通の公用語としては英語が指定されていますが大半の人が英語圏への留学を行なうでしょう。となるとまずは英語を勉強することは必須となりますが、先ほどから書いているとおり言葉を勉強するために留学をすることは真の意味で留学から遠ざかっていると私は思っています。言葉を学んで、それを駆使してた文化圏とのコミュニケーションを図り、その後に留学先の海外で勉強をすることが出来るようになったら、そこからが本当に留学をしているということを実感できるでしょう。

憧れていたあの地域に行きたい、そう考えてもそこへ行って何を勉強したいのか、観光目的で行くとするなら普通に旅行という手段を講じるべきです。そこをあえて留学ということに焦点を絞っていくということは、ある種の目的を持っていくことになります、言葉を学ぶということを除いて。それ以外の目的がないというならわざわざ留学という選択肢を選ぶ必要性は皆無でしょう。単純に遊びに行くことを目的にしているのであれば、留学という交流は持たないほうが良いと考えます。

せっかく高いお金を払って、わざわざ日本から勉強しに来ているのですから有意義な時間を過ごすためにも事前に言葉をある程度まで慣れて、少しでも良いから理解できるような努力は渡航前に求められることだといえるでしょう。もしも今後留学することを考えている人がいるなら、もし語学と観光目的だけとしているなら意識を改める必要があるでしょう。ただではないのですから、その費用に見合った時間を過ごせるようにしなければ留学をする価値はない、そう断言して良いでしょう。